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笠原園花のチアリーディング人生〜中編〜

この記事を読むのに必要な時間は約 8 分です。

今日は高校卒業から大学までのチア人生を書きたいと思います。

前編はこちらから

笠原園花のチアリーディング人生〜前編〜

大学でもチアをやろう

前編にもあるように、高校2年生の時からチアにはまりました。そして、高校2年生の冬あたりから、「大学でもチアやろう!」と思い始めたのです。

その頃、担任の先生から、はやく志望校を決めろと言われていて。紙に志望校をいくつか書いて提出しなければいけなかったんです。高校に入学した頃はなぜか、一橋大学に行きたい!と思っていましたが、国立大学だと5教科(国語、英語、歴史に加えて理系2科目)が試験科目だったんですね。しかし勉強をほとんどやっていなかったので、高校2年の頃には、5教科も今から勉強するのは時間的に厳しいと悟り、受験科目が3教科だけでいい「私立大学」に絞りました。

そもそも当時は、国立大学にチアで強いチームがなかったので、それも理由に使い「私は大学でチアをやるために、チアが強い私立の大学に行く」と決めたのです。

チアも強くて、
偏差値もそこそこあって、
国際政治が学べる大学。

そこで、早稲田大学政治経済学部か青山学院大学国際政治経済学部か明治大学政治学部か中央大学法学部の4校に絞りました。 ※立教に関しては、チアの練習が朝9時〜夜9時までと聞いていたので候補から速攻で外しました笑

高校3年次はそれなりに辛かったのは覚えています。高校3年の6月には周りに影響されて予備校に通い始め、練習終わってから、予備校で勉強し、夜遅くに帰宅し、次の日朝練。この繰り返し。2年間ちゃんと勉強していなかったので、予備校でセンター試験の過去問を解いても一切解けず。その勉強のストレスと、最後の全国大会に向けた練習で息つく暇もなく、精神的には結構やられていました。

全国大会は無事に全国4位という快挙を果たし、大学受験も、世界史の猛勉強の末、センター試験では全教科平均で90%以上の得点率を出すことができ、センター試験のみで結果が決まる受験方法で青学の国際政治経済学部に合格。その後の一般入試はことごとく不合格だったので、選択肢がなく、自動的に青学へ入学。お金持ちしかいないと思っていたから、不安でしたが。

これが青学でチアをすることになったきっかけです。

英語環境だった大学生活

あまり乗り気ではなかった青学入学ではあったものの、様々な面から、今思えば青学でよかったと思っています。入学したのは、国際政治経済学部。「きっと青学の大学生はチャラチャラしてるお金持ちばっかなんだ。」とすごく不安だったのですが、実際はみんな真面目でした。特に印象的だったのは、英語ができる人が多かったこと。帰国子女だったり、高校が国際系だったり。そんな環境だったので日常生活で英語を話す機会も多く、わたしももっと英語頑張らなければ!と思わせてくれた環境だったのが今に生きていると思います

今では、大学時代の友人達は海外駐在をしていたり、外務省に勤めていたり、世界中を旅行していたり、フリーターになって好きなことしてたり……きっとこんな人間達が周囲にいたから私も今こうやって好きなことすることができているんだと思います。

チアが嫌いになった大学4年間

大学同期たち

さて、部活に関してです。チアのスキルより何より、上下関係をはじめとする人間関係がかなり厄介で、そのせいで好きだったチアも嫌いになってしまいました

自身がチアを本気でやっていたので、先輩だとしても、サボっている人をみると納得ができないし、空いた時間に自主練をしないで喋ってる人に対しても「なんで練習しないの?」と思うことが多かったです。皆がもっと本気でやるようになれば、もっとうまくなるのに! と言えないモヤモヤが募り、1年生の春合宿には大爆発して、全員の前で先輩に物申してしまう事件まで起こしてしまいました。

夏のサマーキャンプ(JCAの合宿)では、「先輩より早くご飯を食べ終えなければならない」、「1年生10人で全先輩方の部屋を全部掃除(早くかつ綺麗に掃除しろと注意される)」というルールがあったり。他にも、夜9時に練習が終わって、チームミーティングを30分してからの、雨の中、競技用青マット2面分を徒歩10分先の別の体育館まで運ぶ作業を1年生全員で行い終電で帰ったり(しかも翌日は朝から練習)

常に1年生は奴隷のような扱いをされ、チアの練習に集中したくてもできない環境でした。どこの大学もこんな感じというのは当時から聞いていましたが、私はなぜこんな環境でチアをしなければいけないのか? と疑問を持つようになりました。

さらに、大学の友人達のように、授業後は学食でみんなでおしゃべりした後バイトに行くといったような典型的な大学生生活を満喫しているのを見て、私もこんな生活してみたいという思いもありました。

部活の長期休暇(といっても1週間)の時には必ず海外に行きリフレッシュしていたのですが、大学3年生の終わりには限界を感じ、新しい環境に飛び込みたくて、誰にも事前に相談しないまま韓国留学を決意。(相談したら、部活優先って言われるのをわかっていたから。)誰にも言わず、留学説明会に行き、志願書を書いて、面接も受けて、合格した後同期に報告。(完全に事後報告です。)

韓国留学中に日本文理大学の韓国遠征の通訳もしました。

やっとチア地獄から抜け出せる! と嬉しかったのを覚えています。とはいうもの、韓国渡航後もチアは続けました。あんなに嫌いだったチアなのに、体はチアを欲していたのです。そして、韓国のチアリーディングの大会にもでました。それに、留学中の夏休みには日本に帰国してJAPAN CUPだけ出場したり。

今振り返ると、当時は、部活動内の上下関係に加え、大学という少し視野の広い世界に行きいろんなことをしているひとたちをみて、チア以外にもやりたいことが増えすぎてしまったのだと思います。チアそれ自体は大好きだったのです。

とはいえ、チアはもう散々! 社会人になったら優雅な週末を送るぞ! と社会人になるのをとてもとても楽しみにしていました。「社会人チーム入らないの?」という問いかけに対しては「絶対に入りません!チアからは引退します!!」と宣言していたくらいです。

笠原園花のチアリーディング人生〜後編〜

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